イタリア セリエA 08/13 16:30 1 [12] サンプドリア v アタランタ [5] L 0-2
コッパ・イタリア 08/05 19:15 6 サンプドリア v レッジーナ W 1-0
欧州親善試合 07/30 16:00 - ベシクタシュ v サンプドリア D 1-1
欧州親善試合 07/23 16:00 - ブレシア v サンプドリア W 0-2
欧州親善試合 07/16 15:00 - サンプドリア v パルマ D 1-1
イタリア セリエA 05/22 16:00 38 [2] インテル v サンプドリア [15] L 3-0
イタリア セリエA 05/16 16:30 37 [16] サンプドリア v フィオレンティーナ [7] W 4-1
イタリア セリエA 05/07 18:45 36 [6] ラツィオ v サンプドリア [15] L 2-0
イタリア セリエA 04/30 16:00 35 [16] サンプドリア v ジェノア [19] W 1-0
イタリア セリエA 04/23 18:45 34 [9] ヴェローナ v サンプドリア [16] D 1-1
イタリア セリエA 04/16 12:30 33 [16] サンプドリア v サレルニターナ [20] L 1-2
イタリア セリエA 04/11 18:45 32 [13] ボローニャ v サンプドリア [16] L 2-0
イタリア セリエA 04/03 16:00 31 [16] サンプドリア v ローマ [6] L 0-1
イタリア セリエA 03/20 11:30 30 [19] ヴェネツィア v サンプドリア [16] W 0-2
イタリア セリエA 03/12 17:00 29 [15] サンプドリア v ユヴェントス [4] L 1-3
イタリア セリエA 03/05 14:00 28 [14] ウディネーゼ v サンプドリア [15] L 2-1
イタリア セリエA 02/28 19:50 27 [6] アタランタ v サンプドリア [15] L 4-0
イタリア セリエA 02/19 14:00 26 [16] サンプドリア v エンポリ [11] W 2-0
イタリア セリエA 02/13 11:30 25 [3] ACミラン v サンプドリア [16] L 1-0
イタリア セリエA 02/06 14:00 24 [16] サンプドリア v サッスオーロ [11] W 4-0
イタリア セリエA 01/23 14:00 23 [15] スペツィア v サンプドリア [16] L 1-0
コッパ・イタリア 01/18 20:00 4 ユヴェントス v サンプドリア L 4-1
イタリア セリエA 01/15 14:00 22 [15] サンプドリア v トリノ [9] L 1-2
イタリア セリエA 01/09 15:30 21 [3] ナポリ v サンプドリア [15] L 1-0
イタリア セリエA 01/06 11:30 20 [15] サンプドリア v カリアリ [19] L 1-2
イタリア セリエA 12/22 17:30 19 [6] ローマ v サンプドリア [15] D 1-1
イタリア セリエA 12/19 17:00 18 [15] サンプドリア v ヴェネツィア [16] D 1-1
コッパ・イタリア 12/16 20:00 5 サンプドリア v トリノ W 2-1
イタリア セリエA 12/10 19:45 17 [18] ジェノア v サンプドリア [15] W 1-3
イタリア セリエA 12/05 17:00 16 [15] サンプドリア v ラツィオ [9] L 1-3

Wikipedia - UCサンプドリア

ウニオーネ・カルチョ・サンプドリア(伊: Unione Calcio Sampdoria S.p.A.)は、イタリア・リグーリア州ジェノヴァをホームタウンとするプロサッカークラブ。愛称「サンプ(La Samp)」や「ドリア(Il Doria)」、または「ブルチェルキアーティ(I Blucerchiati、青に囲まれしもの)」。1990-91シーズン、セリエA優勝の古豪。

History

1946年にサンピエルダレネーゼとアンドレア・ドリアが合併して誕生。

1980年代にはパオロ・マントバーニ会長による積極経営の下で、セリエAを代表するチームに成長し、名将ヴヤディン・ボシュコヴの下で、1982年に移籍してきたロベルト・マンチーニと、1984年加入のジャンルカ・ヴィアリのツートップ、1986年より加入のトニーニョ・セレーゾなどを擁してクラブの黄金期を迎える。1989-90シーズン、初のヨーロッパの舞台でのタイトルとなる、カップウィナーズカップ優勝。

1990-91シーズンには初のセリエA優勝を果たし、1991-92シーズンにはチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)決勝に進出、決勝では、FCバルセロナと互角に戦うが、エースのヴィアリが決定的チャンスを決め切れず、延長の末クーマンに直接FKを決められ敗れた。

1992年にヴィアリがユベントスへ移籍、1993-94シーズンにはルート・フリットやデビット・プラットらスター選手を獲得しセリエA優勝争いを演じ、3位、コパイタリア優勝の成績を残した。1995年にはカランブー、セードルフらが加入したが再び黄金期は訪れず。

1997年には15年間プレーしたクラブの顔とも言えるマンチーニが移籍、その後は資金難により1998-99シーズンにはセリエBに降格。

2003-04シーズンにはセリエAに復帰し、安定した経営により中堅クラブとして地位を確立していたが、2010-11シーズンはリカルド・ガッローネ会長がアントニオ・カッサーノと喧嘩となり、冬の移籍でカッサーノがミランに移籍し、ジャンパオロ・パッツィーニもインテルに移籍したこともあり、決定力不足が顕著に表れて18位となり8シーズンぶりにセリエBへの降格となった。2011-12シーズンは6位になり、プレーオフでASヴァレーゼ1910に勝利してセリエA復帰を決めた。

2021年12月6日、クラブの会長であるマッシモ・フェレーロが経営面で関わっていた企業の詐欺破産、企業犯罪がカラブリア州のパオラ地検の捜査により、明らかにされ、同日に身柄を拘束された。事件発覚後、フェレーロ会長は辞任を表明し、クラブの首脳陣はクラブ経営権の譲渡を決めた。

2023年、賃金未払いなどの問題も表面化したうえに、シーズンを通して降格圏から抜け出せず4試合を残した状態で2010-11シーズン以来の12年ぶりとなるセリエB降格となった

なお、2003-04シーズンには日本の柳沢敦、2020年1月からは吉田麻也が所属していた。

同じくジェノヴァを本拠地とする古豪ジェノアCFCとはライバル関係にあり、両クラブの対戦はデルビー・デッラ・ランテルナ(灯台ダービー)と呼ばれる。

サンプドリアは、イタリア北西部のリグリア州ジェノヴァを本拠地とするサッカークラブである。セリエAに所属している。

サンプドリアは、1946年にサンピエルダレネーゼとアンドレア・ドリアが合併して誕生した。クラブ名は、両クラブの頭文字をとったものである。

サンプドリアは、1991年にセリエAで優勝したことがある。また、1985年、1988年、1989年、1994年にコッパ・イタリアで優勝したことがある。

サンプドリアは、ヨーロッパの大会でも好成績を収めている。1992年にはヨーロッパカップウィナーズカップで優勝した。また、1991年、1995年にはUEFAスーパーカップで優勝した。

サンプドリアは、イタリアを代表するクラブの一つである。クラブには、ロベルト・マンチーニ、ジャンルカ・ヴィアリ、ファブリツィオ・ラバネッリ、トニオ・シュチェチェルバン、アッティリオ・ロンバルド、ジュゼッペ・シニョーリ、クロード・ジュニオール、フアン・セバスティアン・ベロン、アントニオ・カッサーノ、サミュエル・エトー、リュボミール・モラフチクなど、多くの名選手が在籍した。

サンプドリアのホームスタジアムは、スタディオ・ルイジ・フェラリスである。スタジアムは、1911年に開場し、収容人数は36,536人である。