スケジュール

イタリア セリエA 04/28 16:00 34 ナポリ vs ローマ - View
イタリア セリエA 05/04 14:00 - ウディネーゼ vs ナポリ - View
イタリア セリエA 05/04 16:30 35 ウディネーゼ vs ナポリ - View
イタリア セリエA 05/11 16:30 36 ナポリ vs ボローニャ - View
イタリア セリエA 05/18 16:30 37 フィオレンティーナ vs ナポリ - View
イタリア セリエA 05/25 16:30 38 ナポリ vs レッチェ - View

結果

イタリア セリエA 04/20 16:00 33 [17] エンポリ v ナポリ [8] L 1-0
イタリア セリエA 04/14 10:30 32 [8] ナポリ v フロジノーネ [18] D 2-2
イタリア セリエA 04/07 13:00 31 [11] モンザ v ナポリ [8] W 2-4
イタリア セリエA 03/30 11:30 30 [7] ナポリ v アタランタ [6] L 0-3
イタリア セリエA 03/17 19:45 29 [1] インテル v ナポリ [7] D 1-1
UEFAチャンピオンズリーグ 03/12 20:00 4 [1] バルセロナ v ナポリ [2] L 3-1
イタリア セリエA 03/08 19:45 28 [7] ナポリ v トリノ [10] D 1-1
イタリア セリエA 03/03 19:45 27 [8] ナポリ v ユヴェントス [2] W 2-1
イタリア セリエA 02/28 17:00 21 [17] サッスオーロ v ナポリ [9] W 1-6
イタリア セリエA 02/25 14:00 26 [19] カリアリ v ナポリ [9] D 1-1
UEFAチャンピオンズリーグ 02/21 20:00 4 [2] ナポリ v バルセロナ [1] D 1-1
イタリア セリエA 02/17 14:00 25 [10] ナポリ v ジェノア [12] D 1-1

Stats

 TotalHomeAway
Matches played 57 32 25
Wins 24 14 10
Draws 17 10 7
Losses 16 8 8
Goals for 90 47 43
Goals against 69 37 32
Clean sheets 14 9 5
Failed to score 14 6 8

Wikipedia - SSCナポリ

ソチエタ・スポルティーヴァ・カルチョ・ナポリSocietà Sportiva Calcio Napoli S.p.A.)は、イタリア・カンパニア州ナポリを本拠地とするプロサッカークラブ。イタリアサッカーのトップリーグであるセリエAに所属している。

History

1969年に会長に就任したコッラード・フェルライーノ(2002年2月までクラブを所有した不動産開発業者)の下で、積極的なチーム強化が行なわれた。1984-85シーズン、ディエゴ・マラドーナを獲得、1986-87シーズン、オッタヴィオ・ビアンキ監督が率い、マラドーナ、ジョルダーノ、デ・ナポリ、バーニらを中心として、ユヴェントスFCに競り勝って初のリーグ制覇を果たした。更にコッパ・イタリア決勝でもアタランタを2戦合計4-0で破り、破って優勝を果たした。

1987-88シーズンにカレッカを獲得した。1988-89シーズン、決勝でシュトゥットガルトを破り、初のヨーロッパタイトルとなる、UEFAカップを獲得した。1989-90にはアルベルト・ビゴン監督に率いられ、2度目のスクデットを獲得した。

1990-91シーズン途中、マラドーナがドーピングによる出場停止処分を受けた。1991-92シーズン、カレッカ、ジャンフランコ・ゾラらの活躍で優勝争いに絡んだが、その後、1992-93シーズン、ゾラ、カレッカが退団、1993-94シーズン終了後、フェラーラ、フォンセカが退団、フランチーニ、コッラディーニが引退、黄金期を支えたメンバーたちが続々とチームを去った。

1995-96シーズン、一時は2位につけて優勝争いをしたが、後半戦は全く振るわず、12位と、かろうじて降格を免れた。1997-98シーズン以降、セリエBへの降格とセリエAへの昇格を繰り返し、チーム財政状況の悪化に伴い2004年夏に破産宣告され、セリエCへと降格した。

2004年から新生チームとして名前を改め再スタートした。オーナーは映画監督で資産家のアウレリオ・デ・ラウレンティスがナポリを3300万ユーロ(約56億1000万円)で買い取り就任する。若手を中心とした長期的目標に基づくチーム作りが掲げられた。2005-06シーズンにセリエBに昇格。この年にスタジアム観客数の合計がギネスブックには記載されなかったが世界記録を樹立した。2006-07シーズンにユヴェントスに次いでセリエBで2位となり、セリエA昇格を果たした。

2007-08シーズンはMFマレク・ハムシーク、FWエセキエル・ラベッシ、MFワルテル・ガルガノら若い新戦力が攻守に活躍して、昇格初年度ながら8位に躍進し、UEFAインタートトカップ経由でUEFAカップ出場権を獲得した。2007年10月にはエドアルド・レヤ監督が指導者キャリア通算1000試合を飾った。2008年夏には主力が軒並み残留し、アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオンで27得点を挙げて得点王に輝いたFWヘルマン・デニスを加え、UEFAカップとリーグ戦での上位進出を目指した。

2008-09シーズン、7節のユヴェントス戦に勝利して首位に浮上し、2008年12月途中までUEFAチャンピオンズリーグ出場圏内を保ったが、前半戦だけで7点を決めたハムシークなどの攻撃陣が後半戦は調子を落とし、2009年1月から4月末まで約4カ月も未勝利が続いた。3月にセリエC1からチームの指揮を執ってきたレヤ監督を解任し、ロベルト・ドナドーニ監督が就任したが、ドナドーニが指揮を執った11戦で2勝5分4敗と調子を取り戻せず、12位でシーズンを終えた。

2009-10シーズンはGKモルガン・デ・サンクティス、MFルカ・チガリーニ、FWファビオ・クアリャレッラ、DFウーゴ・カンパニャーロ、DFフアン・スニガなど即戦力を大量に確保した。しかし、開幕から失点の多い不安定な戦いを続け、10月6日にドナドーニ監督が解任された。後任のワルテル・マッツァーリ監督はボローニャFCとのデビュー戦を白星で飾り、フィオレンティーナ、ACミラン、ユヴェントスと7日間のうちに戦った3連戦を2勝1分と結果を残すなど15試合無敗記録と5試合無失点記録などを作り、UEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得し、シーズンを6位で終えた。

2010-11シーズンは、同じくUEFAヨーロッパリーグ出場を果たしたパレルモからウルグアイ人FWのエディンソン・カバーニを獲得、移籍市場の締切直前にファビオ・クアリャレッラがユヴェントスへ移籍した。セリエAでは前半戦終了の時点で単独2位につけ、UEFAヨーロッパリーグにおいても決勝トーナメント進出を果たした。ディエゴ・マラドーナを擁した時代以来約20年ぶりのスクデット獲得が期待されたが、結果3位に終わった。しかし、4位以内に入り、UEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。

2011-12シーズンは、コッパ・イタリアで25年ぶりの優勝を果たし、UEFAヨーロッパリーグの出場権を獲得した。UEFAチャンピオンズリーグでは、死のグループと言われていたグループAを2位で通過し、グループリーグ突破を果たした。ベスト16ではチェルシーFCと対戦し1stレグは3-1でチェルシーを破ったが、2ndレグで延長戦の末1-4でチェルシーに敗れ、ベスト16敗退に終わった。

2012-13シーズンは、FWエセキエル・ラベッシがパリ・サンジェルマンに移籍し、MFワルテル・ガルガノがインテルにレンタル移籍した。インテルからレンタルしていたFWゴラン・パンデフを完全移籍で獲得し、フィオレンティーナからMFヴァロン・ベーラミ、DFアレッサンドロ・ガンベリーニ、ブレシア・カルチョからMFオマル・エル・カドゥーリ、サンパウロFCからDFブルーノ・ウビニ、ジェノアCFCからMFジャンドメニコ・メストを獲得した。スーペルコッパ・イタリアーナでは、北京でユヴェントスと対戦した。この試合では、後半40分に副審に暴言を吐いたとしてパンデフが、後半アディショナルタイムに2回目の警告でスニガが退場した。このプレーに抗議したマッツァーリ監督には退席処分が言い渡された。後半が終了して2-2となり、9人で延長戦を戦わなければいけなくなったナポリは、延長前半にクリスティアン・マッジョのオウンゴールとミルコ・ヴチニッチの得点により延長戦の末2-4でユヴェントスに敗れた。このシーズンはリーグ2位に終わったが、ヨーロッパリーグでは決勝トーナメント1回戦で敗れた。シーズン終了後、マッツァーリは退団し翌シーズンからインテルの監督となることが決定。後任としてラファエル・ベニテスが就任した。

2013-14シーズンは、FWエディンソン・カバーニが移籍金6400万ユーロで昨シーズンのラベッシに続きパリ・サンジェルマンに、GKモルガン・デ・サンクティスが50万ユーロでASローマへ、DFウーゴ・カンパニャーロがフリーでインテルへ移籍するなど近年の主力を放出したが、カバーニの売却益を中心にレアル・マドリードからFWゴンサロ・イグアイン、FWホセ・カジェホン、DFラウール・アルビオルを獲得し、更にベニテス監督のリヴァプールFC時代の教え子であるGKホセ・マヌエル・レイナ、PSVからベルギー代表のFWドリース・メルテンスを獲得するなどの補強を進めた。チャンピオンズリーグではグループ・ステージにてアーセナル、ボルシア・ドルトムント、オリンピック・マルセイユと同組になり、混戦の末に最終戦にて敗退が決定した。勝ち点18点中12点でのグループ・ステージ敗退は史上初であった。2年ぶり5回目のコッパ・イタリア制覇を成し遂げている。

2014-15シーズンは、スウォンジー・シティからスペイン代表FWミチュ(1年間のレンタル)とMFジョナサン・デ・グズマンを、RCDエスパニョールからMFダビド・ロペスを、KRCヘンクからDFカリドゥ・クリバリを、カルチョ・カターニアからアルゼンチン代表GKマリアーノ・アンドゥハルを獲得し、パルマFCからウルグアイ代表MFワルテル・ガルガノとフィオレンティーナからGKアントニオ・ロザーティを復帰させた。さらに冬の移籍市場では、UCサンプドリアからイタリア代表FWのマノロ・ガッビアディーニを獲得した。18勝9分11敗でリーグ戦を終え、70得点・54失点となり、結果は5位だった。

2015-16シーズンは、レアル・マドリードに引き抜かれたラファエル・ベニテスの後釜に14-15シーズンにエンポリFCを率いたマウリツィオ・サッリを監督に招聘。そのエンポリで指導を受けたMFミルコ・ヴァルディフィオーリを、ウディネーゼ・カルチョからMFアラン・マルケス・ロウレイロを、バイエルン・ミュンヘンからGKホセ・マヌエル・レイナらを獲得し、GKロベルト・コロンボ、DFジャンドメニコ・メスト、ブルーノ・ウビニ(レンタル)、MFワルテル・ガルガノ、FWドゥバン・サパタ(レンタル)、ミチュらが移籍した。

2016-17シーズンは、昨シーズンまでのエースであったイグアインがユベントスにセリエA最高額となる9000万ユーロで移籍した。代わりにアヤックス・アムステルダムからポーランド代表FWのアルカディウシュ・ミリクを3200万ユーロで獲得した。開幕してすぐにミリクが大怪我を負う事態に陥ったが、メルテンスを偽9番で使う4-3-3が機能し、攻撃陣が爆発した。リーグ戦では開幕6戦負けなしと好スタートを切るが、その後7節・8節と連敗した後は9節・10節と連勝となるが、11節で宿敵ユヴェントスに敗れたものの12節から14戦負けなしとなり26節はアタランタに敗れたものの27節から最終節まで5連勝を含む12戦負けなし最終順位は3位で終えた。チャンピオンズリーグではベスト16でレアル・マドリードに敗れた。

2017-18シーズンは、MFのアダム・ウナスら最小限の補強に留まったが、サッリ体制も3年目となり戦術の浸透が進み、リーグ戦は開幕から8連勝を含め14戦負けなしとスタートダッシュに成功した。15節で宿敵ユヴェントスに敗れるものの、17節から10連勝し首位を守る。しかし27節からローマ、インテル戦で1分1敗となってユベントスに逆転され2位に順位を下げた。34節のユベントス戦でクリバリのゴールで勝利し勝ち点差を1に縮めたものの、翌35節フィオレンティーナに敗れ、ユベントスがインテルに勝利したため再び勝ち点差が4に開き、そのまま差を埋められず2位に終わった。しかし、クラブ史上最多となる勝ち点91を獲得した。UEFAチャンピオンズリーグはグループリーグでマンチェスター・シティ、シャフタール・ドネツク、フェイエノールトと同組になるが、最終節で最下位フェイエノールトに敗れグループ3位に転落し敗退した。ヨーロッパリーグに回るが、ラウンド32でRBライプツィヒにアウェーゴールの差で敗れた。シーズン終了後、サッリは契約満了により監督を退任した。

2018-19シーズンは、新監督にカルロ・アンチェロッティを招聘。MFジョルジーニョがサッリに引き抜かれチェルシーへ、GKレイナはACミラン、エマヌエル・ジャッケリーニがキエーヴォへ移籍したが、その後釜にウディネーゼからGKアレックス・メレト、レアル・ベティスからMFファビアン・ルイスを獲得した。アンチェロッティはサッリのスタイルは崩さず、フォーメーションを4-4-2に変更し攻守のバランスをとった。リーグはユベントスの独走を許すも、3位以下は寄せ付けず終始2位のまま終了した。チャンピオンズリーグはリヴァプール、パリ・サンジェルマン、レッドスター・ベオグラードと同居する「死の組」に入り、大混戦の末最終節でリヴァプールに敗れてグループ3位になり、敗退した。2位リヴァプールとは勝ち点・直接対決の成績・総得失点差まで等しかったが、順位決定基準6番目にあたる総得点数で2点及ばなかった。ヨーロッパリーグでは準々決勝でアーセナルに2戦合計0-3で完敗、ベスト8止まりとなった。シーズン終了後、マレク・ハムシクが退団を発表した。

2019-20シーズンは積極補強を敢行し、ローマからDFコスタス・マノラス、エンポリからDFジョバンニ・ディ・ロレンツォ、フェネルバフチェからMFエリフ・エルマス、PSVからFWイルビング・ロサノ、トッテナムからFWフェルナンド・ジョレンテを獲得。一方でハムシクの他、ラウール・アルビオル、アマドゥ・ディアワラらが退団した。開幕前は優勝候補にも挙げられていたが、いざ開幕すると勝ちきれない試合が続いて低迷。事態を重く見たクラブが11月5日のチャンピオンズリーググループステージ第4節・RBザルツブルグ戦後に緊急合宿を設けたものの、選手側がこれを拒否して騒動となるなどチームが混乱。結局12月10日にアンチェロッティは解任された。後任にはアンチェロッティの教え子で、昨シーズンまでACミランを率いたジェンナーロ・ガットゥーゾが就任した。チャンピオンズリーグはグループステージでリヴァプール、RBザルツブルグ、ヘンクと同居。最終節でヘンクに勝利して2位となり3年ぶりにグループステージを突破した。ラウンド16はFCバルセロナと対戦。ホームでは1-1で終えるも敵地での2ndレグで1-3と完敗し、敗退となった。コッパ・イタリアでは優勝した13-14シーズンぶりに決勝に進出し、ユヴェントスをPK戦の末撃破し6年ぶり6度目の優勝を果たした。

2020-21シーズンは、リールからヴィクター・オシムヘンをクラブ史上最高額となる価格で獲得した。一方、前任のアンチェロッティがエヴァ―トンの監督に就任した影響で、アランがエヴァ―トンへ、カジェホンがフィオレンティーナへ、シモーネ・ヴェルディがトリノへ移籍した。オシムヘンが怪我により長期離脱した影響もあってか、なかなか優勝争いには絡めなかったものの、リーグ戦終盤には5連勝を記録するなど驚異のラストスパートを見せ、最終節を前にUEFAチャンピオンズリーグ出場権内の4位につけていた。しかし最終節のエラス・ヴェローナ戦で引き分け、5位だったユヴェントスが勝ったため、勝ち点1の差で5位となりチャンピオンズリーグ出場を逃した。またこのシーズン終了後にガットゥーゾが退任した。

2021-22シーズンは、新監督にルチアーノ・スパレッティを招聘。補強面ではローマからフアン・ジェズス、フラムからアンドレ=フランク・ザンボ・アンギサを獲得。リーグ戦では開幕8連勝を記録し12試合無敗で第16節終了まで首位をキープするも、攻守の要であるオシムヘンとクリバリが負傷離脱した結果急失速。ミランとインテルを追いかける立場が続き3位フィニッシュとなった。このシーズン限りで生え抜きのキャプテンのロレンツォ・インシーニェが、トロントFCに移籍することが22年1月に決定。

ナポリは、イタリア・カンパニア州ナポリを本拠地とするサッカークラブである。1926年創設。セリエAに所属する。

ホームスタジアムは、スタディオ・サン・パオロ。収容人数は60,240人。

チームカラーは、水色と白色。

ナポリは、セリエAで3回の優勝経験がある(1986-87、1989-90、1990-91)。また、コッパ・イタリアで6回の優勝経験がある(1961-62、1975-76、1986-87、2011-12、2013-14、2019-20)。

ナポリは、イタリアを代表する強豪チームの一つである。ディエゴ・マラドーナ、カレカ、ジャンフランコ・ゾラ、ファビアン・キャンデラ、エセキエル・ラベッシ、ゴンサロ・イグアインなど、数多くの名選手を輩出している。

ナポリは、攻撃的なサッカーを展開することで知られている。特に、マラドーナが在籍していた1980年代には、その攻撃力はヨーロッパ最高峰と言われた。

ナポリは、イタリア国内だけでなく、ヨーロッパでも活躍している。1988-89シーズンには、UEFAカップで優勝した。また、2013-14シーズンには、UEFAチャンピオンズリーグでベスト16に進出した。

ナポリは、イタリアを代表する人気チームの一つである。ホームゲームでは、いつも多くの観客でスタジアムが埋まる。