イタリア セリエCカップ 03/27 19:30 2 モンザ v ヴィチェンツァ D 1-1
イタリア セリエC - グループB 03/24 13:30 32 [5] スチロール v ヴィチェンツァ [9] D 2-2
イタリア セリエC - グループB 03/17 15:30 31 [9] ヴィチェンツァ v トリエスティーナ [2] L 0-2
イタリア セリエCカップ 03/13 19:30 2 ヴィチェンツァ v モンザ L 0-1
イタリア セリエC - グループB 03/10 15:30 30 [9] サンベネデッテーゼ v ヴィチェンツァ [10] W 1-4
イタリア セリエC - グループB 03/03 15:30 29 [10] ヴィチェンツァ v イモレーゼ [5] D 0-0
イタリア セリエCカップ 02/27 18:30 3 ヴィチェンツァ v ASDCゴッツァーノ W 2-0
イタリア セリエC - グループB 02/23 19:30 28 [20] ヴィルトゥス・ヴェローナ v ヴィチェンツァ [9] L 1-0
イタリア セリエC - グループB 02/16 15:30 27 [9] ヴィチェンツァ v フェルマーナ [8] D 0-0
イタリア セリエC - グループB 02/12 19:30 26 [7] モンザ v ヴィチェンツァ [9] L 2-0
イタリア セリエC - グループB 02/09 15:30 25 [9] ヴィチェンツァ v ポルデノーネ [1] D 1-1
イタリア セリエCカップ 02/05 19:30 4 ACフェラルピサロ v ヴィチェンツァ W 1-3
イタリア セリエC - グループB 02/02 17:30 24 [8] ヴィスペーザロ v ヴィチェンツァ [12] W 1-2
イタリア セリエC - グループB 01/26 18:00 23 [10] ヴィチェンツァ v ACフェラルピサロ [11] L 1-2
イタリア セリエC - グループB 01/22 17:30 22 [16] リミニ v ヴィチェンツァ [7] D 0-0
イタリア セリエC - グループB 01/19 17:30 21 [8] ヴィチェンツァ v レナーテ [17] D 1-1
イタリア セリエC - グループB 12/29 17:30 20 [20] ジャナエルミニオ v ヴィチェンツァ [11] W 0-1
イタリア セリエC - グループB 12/26 13:30 19 [10] ヴィチェンツァ v アルビーノレッフェ [18] D 1-1
イタリア セリエC - グループB 12/22 15:30 18 [16] ファーノ v ヴィチェンツァ [10] D 0-0
イタリア セリエC - グループB 12/15 19:45 17 [8] ヴィチェンツァ v ラベンナ [9] L 1-2
イタリア セリエC - グループB 12/11 13:30 16 [17] グッビオ v ヴィチェンツァ [6] L 2-0
イタリア セリエC - グループB 12/08 13:30 15 [6] ヴィチェンツァ v テラモ [14] D 1-1
イタリア セリエC - グループB 12/01 13:30 14 テルナーナ v ヴィチェンツァ W 0-2
イタリア セリエC - グループB 11/25 13:30 13 [5] ヴィチェンツァ v スチロール [10] L 2-4
イタリア セリエC - グループB 11/18 18:00 12 [3] トリエスティーナ v ヴィチェンツァ [5] D 1-1
イタリア セリエC - グループB 11/11 13:30 11 [6] ヴィチェンツァ v サンベネデッテーゼ [15] W 1-0
イタリア セリエC - グループB 11/04 17:30 10 [7] イモレーゼ v ヴィチェンツァ [4] L 2-1
イタリア セリエCカップ 10/31 17:30 8 ポルデノーネ v ヴィチェンツァ W 0-1
イタリア セリエC - グループB 10/28 17:30 9 [8] ヴィチェンツァ v ヴィルトゥス・ヴェローナ [18] W 3-2
イタリア セリエCカップ 10/24 17:30 14 ヴィチェンツァ v トリエスティーナ W 5-4

LRヴィチェンツァL.R. Vicenza)は、イタリア・ヴィチェンツァを本拠地とするサッカークラブ。2022-23シーズンはセリエCに参加している。

History

1902年創設。1910-11シーズンにイタリア選手権に初めて参加し、決勝に進んだが、当時のイタリアで最高のチームのひとつであったプロ・ヴェルチェッリに敗れた。1920年代から1930年代は下位ディビジョンに所属し、1942-43シーズンに初めてセリエAに昇格した。同シーズンは最終節にトリノでユヴェントスを6-2で破り、それによって降格を免れた。

1946-47シーズンにはセリエAで5位となったが、その翌シーズンは21チーム中20位に沈み、セリエBに降格した。1950年代前半には財政難に直面したが、1953年にスキーオの羊毛会社ラネロッシにクラブが買収され、ラネロッシ・ヴィチェンツァ (Lanerossi Vicenza) に改名された。

1955年から1975年にかけてヴィチェンツァは一度もセリエAから落ちることなく、より名高いクラブを相手に悪戦苦闘を続けた。この時代のヴィチェンツァには、“気高きプロヴィンチャーレ” (Nobile Provinciale) というニックネームが付けられた。1963-64シーズンと1965-66シーズンに6位となり、1965-66シーズンはブラジル人FWのルイス・ヴィニシオが25ゴールで得点王に輝いた。

1975年にセリエBに降格したが、1976-77シーズンに優勝すると、翌1977-78シーズンのセリエAでは24ゴールを挙げて得点王となった若きパオロ・ロッシを擁して2位となった。このシーズンのチームにはレアル・ヴィチェンツァ (Real Vicenza) というニックネームが付けられた。ユヴェントスからロッシを完全移籍させるために、クラブの会長ジュゼッペ・ファリーナは、当時の最高移籍金額となる2600万リラを支払ったが、1979年にセリエB降格、さらに1981年にはセリエC1に降格した。

1980年代中盤、ロベルト・バッジョはこのクラブで自身のキャリアをスタートさせた。1985-86シーズン、セリエBで3位となってセリエA昇格を決めたが、第2次トトネロ(闇サッカー賭博)スキャンダルに関与したことへの処分として昇格が取り消された1986-87シーズンには、セリエC1降格が決まった。。

1990年にヴィチェンツァ・カルチョ (Vicenza Calcio) に改名された。1993年にセリエBに昇格、1995年にセリエAに昇格した。1995-96シーズンのリーグで9位、1997年のコッパ・イタリアではSSCナポリを合計スコア3-1で降して優勝した。コッパ・イタリア優勝により出場権を獲得した1997-98シーズンのカップウィナーズカップでは、準決勝でイングランドのチェルシーに敗れた。

1999年にセリエBに降格、2001年にセリエAに復帰した。2004-05シーズン、負ければセリエC1への降格が決まるセリエBの降格プレーオフにおいてトリエスティーナに敗れたが、イタリアサッカー連盟 (FIGC) がジェノアとペルージャを降格させたためセリエBに再登録された。

2018年1月18日、裁判により破産が決定した。前年の9月から給与の支払いが滞り1月に入ってからは選手からストライキを起こされていた。一時は4部降格の危機もあったが、プレーアウトの機会が認められ勝利し残留。クラブは新たなオーナーに移譲され、バッサーノ・ヴィルトゥス55STと合併しLRヴィチェンツァ・ヴィルトゥスという名称になった。

2021年、クラブからヴィルトゥスという名前が消えLRヴィチェンツァというクラブ名になった 。

ヴィチェンツァは、1902年に創設されたイタリアのサッカークラブである。セリエBに所属している。

クラブは、1910年にセリエAに昇格し、1911年に初優勝を果たした。その後、1913年、1914年、1928年にも優勝し、合計4回のセリエA制覇を誇っている。

しかし、1970年代にセリエBに降格し、その後はセリエAとセリエBを行き来するようになった。2017-18シーズンには、セリエCに降格したが、翌シーズンにはセリエBに復帰した。

ヴィチェンツァのホームスタジアムは、スタディオ・ロメオ・メンティである。収容人数は12,000人である。