Date | R | Home v Away | - |
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05/25 18:30 | 35 | [6] グラスホッパーズ v ザンクトガレン [7] | 2-2 |
05/25 18:30 | 35 | [2] セルヴェット v バーゼル [5] | 3-3 |
05/21 14:30 | 34 | [6] バーゼル v ルガーノ [3] | 1-1 |
05/21 14:30 | 34 | [8] FCチューリッヒ v グラスホッパーズ [5] | 2-1 |
05/21 12:15 | 34 | [10] FCシオン v ヤングボーイズ [1] | 0-2 |
05/20 18:30 | 34 | [4] ルツェルン v ザンクトガレン [7] | 1-1 |
05/20 16:00 | 34 | [9] ヴィンタートゥール v セルヴェット [2] | 0-1 |
05/14 14:30 | 33 | [7] ザンクトガレン v バーゼル [6] | 6-1 |
05/14 14:30 | 33 | [3] ルガーノ v ヴィンタートゥール [9] | 2-1 |
05/14 12:15 | 33 | [1] ヤングボーイズ v FCチューリッヒ [8] | 1-1 |
05/13 18:30 | 33 | [2] セルヴェット v FCシオン [10] | 5-0 |
05/13 16:00 | 33 | [6] グラスホッパーズ v ルツェルン [4] | 2-0 |
05/07 14:30 | 32 | [6] グラスホッパーズ v セルヴェット [4] | 2-3 |
05/07 14:30 | 32 | [5] バーゼル v FCチューリッヒ [8] | 0-2 |
05/07 12:15 | 32 | [3] ルツェルン v ルガーノ [2] | 2-2 |
05/06 18:30 | 32 | [7] ザンクトガレン v ヤングボーイズ [1] | 0-2 |
05/06 16:00 | 32 | [9] FCシオン v ヴィンタートゥール [10] | 0-1 |
04/30 14:30 | 31 | [1] ヤングボーイズ v ルツェルン [3] | 5-1 |
04/30 14:30 | 31 | [10] ヴィンタートゥール v バーゼル [6] | 1-4 |
04/30 12:15 | 31 | [8] FCチューリッヒ v FCシオン [9] | 2-2 |
04/29 18:30 | 31 | [3] セルヴェット v ザンクトガレン [7] | 1-1 |
04/29 18:30 | 31 | [4] ルガーノ v グラスホッパーズ [5] | 5-1 |
04/27 18:30 | 30 | [9] FCシオン v バーゼル [7] | 1-2 |
04/27 18:30 | 30 | [4] ルツェルン v ヴィンタートゥール [10] | 3-1 |
04/26 18:30 | 30 | [6] ザンクトガレン v ルガーノ [4] | 1-2 |
04/26 18:30 | 30 | [3] セルヴェット v FCチューリッヒ [8] | 4-0 |
04/25 18:30 | 30 | [5] グラスホッパーズ v ヤングボーイズ [1] | 4-1 |
04/25 13:00 | 30 | ルツェルン v ヴィンタートゥール | Postponed |
04/25 13:00 | 30 | FCシオン v バーゼル | Postponed |
04/23 14:30 | 29 | [8] FCチューリッヒ v ザンクトガレン [6] | 1-0 |
スイス・スーパーリーグ(Swiss Super League)は、スイスにおけるプロサッカーの最上位リーグである。スポンサーの名を冠して、クレディ・スイス・スーパーリーグ(Credit Suisse Super League)と呼ばれる。
国内リーグを統括する組織であるスイスサッカー協会は1895年に設立されたが、大会開催費を工面する余裕がなかったため、設立から2年間は国内リーグ戦を開催できなかった。しかし、1897-98シーズンのリーグ戦は国内の新聞社「La Suisse sportive」が独自に非公式で開催した。記念すべき初の公式リーグ戦は1898-99シーズンからスタートし、アングロ=アメリカン・クラブ・ツューリヒが優勝を果たした。1930年代まで続くセリエA時代は、主にチューリッヒ州に本拠地を置くクラブがリーグの中核を占めた。
1931-32シーズンから、リーグ名がセリエAからドイツ語のナツィオナール・リーガに改名され、9チームの2グループ制である計18クラブによって優勝が争われた。他の欧州諸国とは異なり、永世中立国であるスイスでは第二次世界大戦によるリーグ戦中断は行われず、戦勝中もリーグ戦は平常通り開催された。1944-45シーズンから、ナツィオナール・リーガAにリーグ名が変更され、14チームによるリーグ戦へと対戦形式が変更された。これ以降、リーグは一気に商業化や近代化が進み、1954年には放映権を売却、1956-57シーズンからの背番号着用義務などが行われた。
1966-67シーズンからFCバーゼルの台頭が始まり、以後14シーズンのうち半数の7シーズンでリーグ優勝を果たした。また、1976年からはユニフォームにスポンサーの企業ロゴが導入された。1980年代から20年間は、グラスホッパー・クラブ・チューリッヒがリーグの顔として多くの優勝を積み重ねた一方で、この年代で3クラブがリーグ初優勝を飾った。この間の各クラブが登録できる外国人選手はわずか1人だったが、1985年からは2枠へと拡大された。
2003年、リーグの再編成が行われ、スーパーリーグへの改称や10チームへのチーム数減少、昇降格プレーオフの導入などが目立った動きとなった。スーパーリーグへの移行後は、FCバーゼルとBSCヤングボーイズの2クラブによる優勝争いがほとんどであったシーズンにおいて、直近の2021-22シーズンの優勝を含めた4度の優勝を果たしたFCチューリッヒが優勝に絡むシーズンが続くなどしている。2022年4月、リーグのチーム数を12に増やすというSFL委員会の提案がなされ、同年5月20日にSFLの総会で承認された。